京都地方裁判所 平成2年(行ウ)29号 判決 1993年3月19日
原告
星野靖子
同
星野一彦
同
池田恵子
右三名訴訟代理人弁護士
崎間昌一郎
同
川村フク子
被告
国
右代表者法務大臣
後藤田正晴
右指定代理人
山本恵三
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告星野靖子に対し、金三、五八八万九、〇〇〇円、原告星野一彦に対し、金一、七九四万四、五〇〇円、原告池田恵子に対し、金一、七九四万四、五〇〇円、及びそれぞれ右各金員に対する平成二年一〇月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一請求の類型(訴訟物)
原告らの被相続人のした相続税の修正申告に対し、伏見税務署長は重加算税の賦課決定をした。
原告らは、右重加算税の賦課決定には課税要件に関する重大な瑕疵があり、無効であるとして、不当利得に基づき、納付済みの重加算税に相当する金額の返還を求める。
これが本件訴訟である。
二前提事実(争いがない)
1 亡星野治郎(以下、治郎という)の父星野孟は、昭和六〇年四月一一日に死亡し、相続(以下、本件相続という)が開始した。
相続人は、妻の星野一子、二男の治郎、長女の原田廸世及び二女の大濱宏子の四名であったが、法定申告期限内には本件相続に係る相続税の申告はされなかった。
2 同年八月二日ころ、治郎は、本件相続に係る相続税の申告手続を司法書士の大西勝利(以下、大西という)に依頼した。
大西は、右申告手続をするに当たって、全国同和対策促進協議会京都府連合会本部の会長笠原正継(以下、笠原という)と共謀して、次のとおり相続税の申告書及びこれに添付するための遺産分割協議書を作成した。
3 右相続税の申告書は、治郎ら四名の相続人の署名がなされたうえ、大西、笠原を経由して、同年一〇月二二日、別表1①欄のとおり、本件相続に係る期限後申告書(以下、本件期限後申告書という)として伏見税務署長に提出された。
4 本件期限後申告書には、遺産分割協議書が添付されていた。その第7項には「被相続人星野孟が全国同和対策促進協議会より金七億円の借入金がある」旨の架空の債務(以下、本件架空債務という)の記載がある。本件期限後申告書では、右本件架空債務があるとして税額が計算されているため、正規の税額に比較して著しく過少な税額が申告された。
また、治郎は、亡星野孟名義の預金中、別表2記載の総額四、六九六万七、三四六円の預金(以下、本件預金という)の名義を自己及び家族名義に切り換えた。そのうえで、本件期限後申告書では相続財産からこれを除外している。
5 伏見税務署長は、治郎、原田廸世及び大濱宏子に対し、昭和六〇年一〇月二八日付けで、別表1②欄記載のとおり無申告加算税の賦課決定処分をした。その理由は、本件期限後申告書の提出が昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法(以下、旧法という)六六条一項に該当するというものである。
6 昭和六一年二月一二日、治郎ら亡星野孟の相続人四名は、別表1③欄記載のとおり、伏見税務署長に対し、本件相続に係る相続税の修正申告書(以下、本件修正申告書という)を提出した。
7 伏見税務署長は、治郎、原田廸世及び大濱宏子に対し、昭和六一年三月七日付けで、別表1④欄記載のとおり、加算税の賦課決定処分(このうち、重加算税の賦課決定処分を、以下、本件重加算税の賦課決定処分という)をした。その理由は、本件修正申告書の提出が、旧法六八条二項、六六条一項に該当する、というものである。
8 治郎は、平成元年五月一四日に死亡し、原告らが相続し、法定相続分に従い、原告星野靖子が二分の一、その余の原告らが各四分の一の権利、義務を承継した。
三争点
1 本件重加算税の賦課決定処分に重大な瑕疵があるか。
(一) 納税者から納税申告手続の依頼を受けた第三者が、架空債務を計上して、国税の課税標準又は税額等(以下、税額等という)の計算の基礎となるべき事実を仮装して申告をしたとする。この場合、その認識を欠き、それに止むを得ない事情があるときも、納税者に重加算税を賦課することができるか。この賦課処分に重大な瑕疵があるか。
(二) 本件預金の名義変更は、税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたといえるか。
この場合、特に、隠ぺいの意図のないのに重加算税を賦課する処分に重大な瑕疵があるか。
2 右瑕疵が重大であれば、本件重加算税の賦課決定処分は無効か。
四争点に対する原告の主張
1 納税者以外の者が税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装した場合に、納税者に重加算税を賦課するには、納税者がその事実の隠ぺい、仮装について少なくとも認識を有していたことが必要である。
本件の場合、申告書及びこれに添付する遺産分割協議書への架空債務の計上は、大西が笠原と共謀して、自己の利益を得る為に勝手に行ったもので、治郎は全くその認識を欠いていたのである。
このような場合に、大西の行為を治郎の行為と同視して、治郎に重加算税を賦課する処分は、課税要件について重大な瑕疵がある。
2 被告は、第三者の仮装行為に基づく申告書が提出された場合にも、原則として、納税者に重加算税を賦課しうるという。しかし、仮に、これが認められるとしても、特段の事情があるときは、重加算税を賦課できない。即ち、納税者と第三者の関係、仮装行為についての納税者の認識の欠缺とその止むを得ない事情、第三者に対する納税者の注意の程度、第三者へ交付された金員の有無、第三者側の意図に照らして、第三者の行為を納税者本人の行為と同視できないような特段の事情のある場合には、重加算税の賦課決定は許されない。
本件では、治郎と大西らは、同一利害集団に属さず、仮装行為を知らないことに止むを得ない事情があり、正当税額に相当する金員を大西に交付しており、大西らが治郎を騙したものである。したがって、右にいう特段の事情があることが明らかであり、治郎に重加算税を賦課したことは、課税要件を欠いたものである。
3 本件預金の名義変更は、治郎が死亡すれば、預金が引き出しにくくなることや、葬式代等に当てるために行ったもので、隠ぺいの意図はなかった。
にもかかわらず、治郎の重加算税を賦課したことは、課税要件を欠いたものである。
4 以上のとおり、仮装、隠ぺいに認識のないあるいは、第三者の行為を納税者本人の行為と同視できないような特段の事情の認められる治郎に対し、重加算税を賦課した処分は、課税要件の根幹に関する内容上の重大な瑕疵があるというべきである。
そして、瑕疵が重大であって、その処分を納税者に甘受させるのが著しく不当と認められる本件のような場合には、瑕疵の明白性の要件を備えない場合でも、処分は無効というべきである。
五争点に関する被告の主張
1 重加算税は、申告納税制度の秩序と信頼を担保するため、行政上の制裁措置として設けられたものである。
その課税要件は、税額等を偽るような隠ぺい、仮装の行為が客観的に存在し、それに基づき過少な申告がなされていれば足りる。
申告納税制度の下でも、その手続を第三者に依頼し、代理人ないし履行補助者として申告をさせることは許される。しかし、その効果は納税者の認識の有無にかかわらず、当該納税者に帰属する。
本件では、治郎から申告手続の依頼を受けた大西が、代理人ないし履行補助者として、遺産分割協議書に本件架空債務を計上し、それに基づき虚偽の本件期限後申告書を作成、提出したのである。とすれば、その効果は治郎に帰属し、治郎が架空債務を計上して期限後申告書を提出したものとして取り扱われる。
したがって、重加算税の賦課決定処分は適法である。
2 仮に、重加算税を賦課すべきでない例外的な場合があるとしても、重加算税制度の趣旨目的に照らせば、納税者が当然なすべき監督義務を尽くすことができなかったことに止むを得ない事由がある場合に限られるべきである。しかし、本件では、かかる事由は認められず、架空債務の計上について認識しなかったことに重大な過失があるというべきである。
3 治郎は、自ら亡星野孟名義の預金を、自己及び家族名義に変更したうえ相続財産から除外して、遺産分割協議書にも記載せず、これに基づいて本件期限後申告書も作成提出している。
したがって、治郎自ら税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたもので、重加算税の賦課決定処分は適法である。なお、これに脱税の意図は要しないのである。
4 課税処分が当然無効となるのは、処分に重大かつ明白な瑕疵が存在する場合に限られる。
瑕疵の明白性は、処分の当初から処分要件の認定が誤認に基づくものであることが、外形上客観的に明白な場合をいう。
本件の場合、原告ら主張の瑕疵が、処分時に客観的に明白であったとはいえないし、右瑕疵自体、課税要件の根幹をなす重大なものではない。
したがって、本件重加算税の賦課決定処分は無効ではない。
第三争点の判断
一事実の認定
前記前提事実1ないし4及び証拠(<書証番号略>)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 治郎の父星野孟は、昭和六〇年三月二〇日ころ、病状が悪化して入院し、同年四月一一日に死亡した。治郎は、別表2記載のとおり、入院直後の三月二五日と同年四月八日に孟名義の本件預金を解約し、これを同年三月二五日から五月一日にかけ、自己及び家族名義の預金に切り換えた。
2 治郎は、同年七月三一日、伏見税務署において本件相続に係る相続税の相談をし、相続財産が一〇億円の場合には相続税の額は約二億四、〇〇〇万円と知らされた。その際、治郎が提出した預金残高証明書には、本件預金の記載はなかった。
3 同年八月二日ころ、治郎は、本件相続に係る遺産分割協議書の作成とともに相続税の申告手続を大西に依頼した。
4 大西は、同年九月末ころ、笠原に対し、星野家の相続税の申告手続を二億円で請け負ってもらいたい旨依頼し、笠原はこれを承諾した。そして、笠原は、知り合いの税理士から相続税額を七、〇〇〇万円とするには七億円の債務(星野一子の債務額三億三、七〇〇万円、治郎の債務額三億六、三〇〇万円)が必要と聞き、これを大西に知らせた。なお、大西は、以前にも笠原と共謀のうえ、架空債務を計上して不正な相続税の過少申告を行い、納税資金の一部を共に利得したことがある。
5 同年一〇月五日、治郎ら相続人間で、最終的に遺産分割協議が成立した。その際、本件預金は、相続財産から除外されていた。治郎は、その結果を大西に連絡し、大西は、遺産分割協議書を作成した。
6 大西は、同月六日、知り合いの税理士に、右遺産分割の結果に基づく正規の計算による相続税の申告書(相続税額二億九、二九三万一、〇〇〇円)と、笠原から教えられた七億円の架空債務を計上した相続税の申告書(相続税額七、〇〇七万七、三〇〇円)を作成してもらった。
7 同月九日、大西の事務所に治郎ら相続人が集まり、遺産分割協議書と相続税の申告書が作成された。
遺産分割協議書には各人が署名(星野一子については他の者が代筆)し、押印は大西が代わって行った。
相続税の申告書は、前記のとおり、遺産分割の結果に副うものと架空債務を計上したものとの二種類があるが、両者とも、大西が印鑑を預かって代わりに押印した。
8 その後、大西は、同月中旬ころ、義弟に指示して、右遺産分割協議書の空白部分に、次の第7項を追記させた。
即ち、「被相続人星野孟の借入金(全国同和対策促進協議会より金七億円也)を次のとおり承継する。星野一子金三億三千七百万円也、星野治郎金三億六千三百万円也」との記載を加えさせている。
9 同月二二日、治郎は、大西に、相続税分として、、額面二億円の保証小切手と現金四、〇〇〇万円を渡した。
大西は、右二億円の小切手と架空債務を計上した相続税申告書を笠原に渡した。笠原はこれに全国同和対策促進協議会京都府連合会本部と記名し、伏見税務署に提出した。これが、本件期限後申告書である。
翌日、笠原は、右保証小切手を換金し、相続税総額として七、〇〇七万七、〇〇〇円、無申告加算税等として七一六万円を伏見税務署に振り込みし、大西には謝礼として二、〇〇〇万円を渡した。
10 昭和六一年一月一七日、治郎は、右期限後申告に関して相続税法違反として逮捕された。その取調べの過程で、右申告が架空債務を計上して過少申告になっていることなどを知り、同年二月一二日、本件修正申告書を提出した。
二争点1(一)について
1 旧法六八条は、重加算税の要件として、「納税者が、その税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」と定めている。
右にいう「納税者が……納税申告書を提出したとき」とは、当該納税者本人が直接提出した場合に限られない。その他、納税者から依頼を受けて申告手続を納税者に代わって行う第三者、即ち履行補助者(履行代行者)が申告書を提出する場合も含むものと解するのが相当である。
けだし、公法上の行為である納税申告も、納税者自らの判断と責任において、その手続を第三者に委ね、納税者に代わって行わせることは許される。
しかも、重加算税は、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性を問題とする刑罰ではない。一定態様の納税義務違反につき、義務違反者に不利益を負わせることにより、違反の発生を防止し、徴税の実を挙げようとする趣旨の行政上の措置である(最判昭四五・九・一一刑集二四巻一〇号一三三三頁参照)。だから、客観的にみて隠ぺい、仮装がなされ、それに基づいて過少申告という納税違反の状態が生じていたことが重要であって、隠ぺい、仮装行為を納税者自身が行ったか、その代行者が行ったかということは刑罰におけるほど重要な意味を持たない。
もとより、自己の公法上の義務である納税申告義務を履行補助者(履行代行者)に代行させたことの一事によって、納税者自身申告義務を免れる訳ではなく、その補助者のした申告の効果、態様は、そのまま、納税者自身の申告となり、その行為、態様と同視される。
即ち、納税者が、自らの責任において、納税義務者たる身分のない者に申告を一任し、これをいわば納税申告の道具ないし補助者として使用した以上、その者の申告行為は納税者がしたものと取り扱うべきだからである。
この場合、納税者は、その申告義務を果たすため、信頼できる者を選任し、申告書提出前にこれを点検し、自ら署名押印するなどして、適法に申告するように監視、監督して、自己の申告義務に遺憾のないようにすべきである。これを怠って、補助者が不正な申告をした場合には、納税者自身の不正な申告として、重加算税の賦課を受ける。
履行補助者が税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装し、これに基づいて過少な申告を行った場合、納税者自身が、その隠ぺい、仮装について認識を欠いていたとしても、その履行補助者の申告の有無、態様は、そのまま納税者が行ったものとなり、その責任を負う。
2 本件の場合、前認定一3のように、大西は、治郎から、本件相続に係る相続税の申告手続一切を代わって行うことを依頼されたのであって、右にいう履行補助者(履行代行者)に該当すると認められる。
そして、大西が、笠原と共謀のうえ、本件架空債務を計上して、税額等の計算の基礎となるべき事実について仮装行為を行い、これに基づいて過少な申告をしたことは、前認定一の各事実に照らし明らかである。
したがって、このような大西の行為は、そのまま納税者である治郎の行為と同視される。
とすれば、治郎に対する本件重加算税の賦課決定処分は適法であって、何らの瑕疵もなく、これが無効でないことは明らかである。
3 原告らは、重加算税を賦課しうるのは、納税者が税額等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、仮装を認識していたことが必要であり、また、第三者の行為を納税者本人の行為と同視しえないような特段の事情のある本件の場合には、重加算税の賦課決定は許されないと主張する。しかし、前示のとおり、納税者が自己の納税申告を補助者に委ねたものである限り、履行補助者の申告の態様等については、そのまま、納税者の行為となり、その責任を負うべきものでる。
よって、右主張は採用できない。
三争点1(二)について
1 旧法六八条にいう「隠ぺい」とは、故意に税額等の計算の基礎となるべき事実を隠匿し又は脱漏することをいう。
前認定一の事実、特に1、2の事実によれば、治郎は、星野孟死亡の前に、孟名義の本件預金を解約し、これを自己及び家族名義の預金に切り換えている(一部は孟死亡後である)。そして、伏見税務署において本件相続税の事前相談をした際にも、本件預金の存在を明らかにせず、遺産分割協議の対象にも掲げず、遺産分割協議書にも本件期限後申告書にも、本件預金は相続財産として記載されていなかったことが認められる。
これらの事実に照らすと、治郎において、本件預金の名義を変更して、相続財産から除外したのは隠ぺいに当たり、これが隠ぺいの意図に基づくものと推認することができる。
2 原告らは、葬式代等に当てるため、名義を変えたにすぎない旨主張する。しかし、本件預金の金額高や、治郎ら家族が、孟死亡前においてかなり多額の預金を有していたこと(<書証番号略>)に照らし、右主張は採用できない。
3 したがって、本件預金の名義変更は、税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいしたものというべきである。
よって、治郎に対し、本件重加算税の賦課決定処分がなされたことは適法であり、何らの瑕疵もなく、右処分が無効でないことが明らかである。
第四結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、右処分の無効を前提とする原告らの本訴不当利得金返還請求は理由がない。
(裁判長裁判官吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官佐藤洋幸)
別表<省略>